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屯田兵の末裔?

我は屯田兵の末裔なりー。
って、まじで。
うちの母方の曾爺さまが富田荘吉(しょうきち)さんと言って、九州からはるばる渡ってきたのさ。着いたのは鵡川(むかわ) [地図]、ししゃもが名産のとこだね。

映画「北の零年」は546名の話らしいから最初の屯田兵だよな。きっと。

うちの曾爺さんがいつの時期に渡ったのかはしらない。だけど、札幌に鉄道を敷いたらしい。まぁ、嫁(つまり祖母)が子供達に聞かせた話だから、多少美化されているとしても、それに加わったひとりであることは確からしい。

今年の祖母の葬式で、荘吉@曾爺さんの写真をみた。
「これが猛@祖父さんだね、じゃこれが荘吉@曾爺さんだね」っておばさんたちが話していた。屯田兵っつってもあんまし昔でないのね。ふつうに写真があったよ。風景に「これが札幌?」って思ったけど、数ヵ月後に時計台でみた写真とおんなじ感じだったから、札幌なんだよねぇ。
ちなみに、荘吉@曾爺さんの父上@曾曾爺は「富田七郎左衛問直敏(しちろうざえもんなおとし)」と言うそうだ。

むかしばあちゃんからこそっと聞くと「もともと貧乏侍の家で、跡取りでもなかった荘吉@曾爺さんは、武芸にも商才にもなんにも取りえがなくって、借金とかつくって屯田兵にきたんだ(ろうよ)」と言っていた。
まぁ、だれも好き好んで屯田兵なんざにゃ来ないわね。

とはいえ、これらは全部口伝えなので、ほんとのとこはわからん。
ばあちゃんとこの本家も屯田兵できたのか?
と聞いたけど、「うちはずーっと北海道だ。どこからきたんでもない」という。「じゃぁ、アイヌなのか?」と聞くと、それも違うと言う。それは絶対ありえんー。とおもったけど、松前藩ってものがあった。そこの町民だったのかね。いや、ばあちゃんの実家は農家か。

叔父も同じ疑問を抱いたのであろう。「家系図をつくる!」と数年前に宣言していた。9世代ほどは遡れたらしい。ばあちゃんの一周忌のときに進捗を聞いてみるかね。

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コメント (1)

A:

普段は気にしないけど、たま~に自分のルーツってのを考えてみるのも面白いね。

うちみたいに じ様が烏帽子つけてる家もあるしさ。

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